またまたダイエー時代に戻る。
社長は時間があれば店・現場を巡回する。
創業者にありがちな「会社のものは全てがオレのもの」と言う意識があるからだと思う。
それ自体が悪いことではないが巡回される方は大変。少しでも良く見られたいし、前回の指示事項は改善できていないといけない、ましては注意・指示されても困る。
だからダイエーの特質としてそれぞれの責任者は社長の動向に常に注意をはらっている。
神戸に来られる時は分刻みのスケジュールがわかっている。
社長はスケジュールを知られることを嫌がるが、同行秘書は一人なのでこちらにサポートを頼む為に漏らしてくれる。秘書が手帳をチラッと見せてくれるのを見て覚える。ポイントを把握して対応すべきは対応する。要は巡回先へヒントを漏らす。
一番困るのはアキ時間があること、チョット巡回ということが多々あるので可能性がある時は変な言い方だが「警戒警報」を関係する店・事業所に漏らす。それもハズレが多いとオオカミ少年になるので、ある程度カンも必要。
他社の人には何故同じ社内で?と理解できないだろうが、これが現実。突然の社長巡回でミスが発覚して左遷はおろか解雇もあったのだから。
一番困るのは神戸を出て東京へ戻る道すがらだ。
神戸・伊丹間には店舗も多いし、事業所も沢山ある。飛行機に乗られるまで気が抜けない。本店といえども例外ではない。
ある時帰路の車中からTELがあった、道路沿いに空き地を見つけその情報が欲しいとのこと。東京に着くまでに報告するようにとの指示。
2時間くらいしか猶予はない。走り廻って情報収集。オフィッシャルな情報は任せて、囲む会の情報通に問合せをする。こんな時も囲む会のメンバーやJCメンバーの情報が役に立つ。ウラ情報まで彼らは精通しているからだ。
そして何とかレポートを纏めてFAX.指示を待つ。
社長に報告した内容を関係すると思われる部署にもインフォーマルに流す。でないと該当部署は即対応できないからだ。
このスピードがダイエーを支えていたのだとも思うが、担当部署は大変だった。
その社長もいまや故人、懐かしいと言えば懐かしい。
2011年12月28日水曜日
上海自動車産業視察団 ③
・・・続き。
二日目以降は自動車部品屋さんの工場視察。
今回の旅行はスケジュールが知らされていなかったのでやや不安。
まずは常州市役所を表敬。
市長は不在だったが副市長が出てきてご挨拶。TVニュースなどで見る大きな中国型の応接室、椅子はコの字型に並んでいて向かいの人とは話も出来ないほど遠い。K女史の顔をたてた表敬だった。副市長はK女史を「市の誇り」と褒め称えていたらしい。
その後、自動車工場団地地区へ。
中国は土地所有が認めておらずこのような工業団地を作る場合。地図に自由に線を引いてその中の農民を他の農場へ強制移住させるだけで済む。 風景的には農業地帯に忽然と近代的な工場が現れる異様な風景。
途中の町は西部劇に出てくるように平原にポツンと現れる。これも地方の町はハッキリ言って汚い。雑然。
で、工場視察。
自動車工場と言っても部品屋さんばかり、当社はベンツ社と取引しています。当社はBMWと・・・と言ってもセイザイ車のヘッドライトだけだったり、ドアノブだったりで自動車そのものではない。でも彼らは自動車業界だと言う。
どこへ行っても社員総出で熱烈歓迎。
ある会社などは正門前に社員が整列してお出迎え、ナニ様でもないのに。何か勘違いしていないかフト心配になる。またどこへ行っても例のショックアブソーバーの話はない。歓迎されて悪い気はしないが、大げさすぎてすこし不安になる。
工場のボードに「7%」と書いてあったのでナニの数字かと聞くとロス率とのこと。7%とはなんと信じられないロス率、これでも儲かっているらしいから驚き。
二日目はそう言った視察ばかり4社ほど訪問した。
昼飯は途中のレストランで、外見はみすぼらしい店に案内されるが、店内は素晴らしい装飾。外見もキチンとすれば良いのに。そして昼からフルコース、勿論のこと酒つき。これまた非常に旨い。
夜は夜で上海で一二を争うという料理店へ。
そこにはK女史の同級生だった上海市交通局長が待ち受けていた。
上海市1300万人の交通を抑える大物だ。でもさすが上海、彼はポロシャツ姿でどこにでもいるオッチャン。
はてここは誰の奢りなんだろうか?
果して、宴席に知らない人物が次々にだ入りする。聞くと運輸関係の業者らしい。交通局長が来ていることを聞きつけて差し入れ(大概が酒)を持って局長に挨拶にくる。局長もそれを当然のごとく受ける。そのたびに話が中断する。ゲスト(?)たる我々を無視した行為にチョットがっくり!
そして食後、局長曰く「三番目の妻が足指マッサージをしているので行こう」三番目の妻にもビックリだが、公務員がアルバイトしている。 さらにカラオケへ。ここもその三号さんがやっているとか。
そして三日目は観光・ショッピング・・・?
ショックアブソーバーはどくへ行ったんだ!聞くと今夜ミーティングがあるという。
夕食後、やっと商談的な話。
概要は例のショックアブソーバーをコピー生産したいので手を貸して欲しいとのこと。生産と言ってもPatentはどうするのか? ここでビックリ発言「Patent無視して良い」と市の書記から言われているから大丈夫だと言う。
Patentはジープ社か三菱から借りないと生産してはいけないハズ。中国共産党書記がいかに偉いかは知らないが国際条約違反になる。中国側良くても我々は手が後ろへ回る。
話は技術的なことではなくここで暗礁にのりあげた。話はまとまらない。明日は帰国の予定。
こうやって中国と言うのは統治されているのかと実感する。国際的なトラブルが絶えないのが良く分かる。
こうしてタダの上海ツアーは終わった。
ナニの成果もない。K女史に聞くと「彼らは招待した。日本の業界人を知っている」というだけでその目的の半分は達しているとのこと。
最後に重要なのは「礼状」。 形式ばった礼状を書き送る。 肩書きは「神戸商工会議所・会員 K」、エッ会員って肩書きなの? それで中国の田舎はいいらしい。
未だに何がナニだかわからず仕舞い。
料理が旨かっただけ。
二日目以降は自動車部品屋さんの工場視察。
今回の旅行はスケジュールが知らされていなかったのでやや不安。
まずは常州市役所を表敬。
市長は不在だったが副市長が出てきてご挨拶。TVニュースなどで見る大きな中国型の応接室、椅子はコの字型に並んでいて向かいの人とは話も出来ないほど遠い。K女史の顔をたてた表敬だった。副市長はK女史を「市の誇り」と褒め称えていたらしい。
その後、自動車工場団地地区へ。
中国は土地所有が認めておらずこのような工業団地を作る場合。地図に自由に線を引いてその中の農民を他の農場へ強制移住させるだけで済む。 風景的には農業地帯に忽然と近代的な工場が現れる異様な風景。
途中の町は西部劇に出てくるように平原にポツンと現れる。これも地方の町はハッキリ言って汚い。雑然。
で、工場視察。
自動車工場と言っても部品屋さんばかり、当社はベンツ社と取引しています。当社はBMWと・・・と言ってもセイザイ車のヘッドライトだけだったり、ドアノブだったりで自動車そのものではない。でも彼らは自動車業界だと言う。
どこへ行っても社員総出で熱烈歓迎。
ある会社などは正門前に社員が整列してお出迎え、ナニ様でもないのに。何か勘違いしていないかフト心配になる。またどこへ行っても例のショックアブソーバーの話はない。歓迎されて悪い気はしないが、大げさすぎてすこし不安になる。
工場のボードに「7%」と書いてあったのでナニの数字かと聞くとロス率とのこと。7%とはなんと信じられないロス率、これでも儲かっているらしいから驚き。
二日目はそう言った視察ばかり4社ほど訪問した。
昼飯は途中のレストランで、外見はみすぼらしい店に案内されるが、店内は素晴らしい装飾。外見もキチンとすれば良いのに。そして昼からフルコース、勿論のこと酒つき。これまた非常に旨い。
夜は夜で上海で一二を争うという料理店へ。
そこにはK女史の同級生だった上海市交通局長が待ち受けていた。
上海市1300万人の交通を抑える大物だ。でもさすが上海、彼はポロシャツ姿でどこにでもいるオッチャン。
はてここは誰の奢りなんだろうか?
果して、宴席に知らない人物が次々にだ入りする。聞くと運輸関係の業者らしい。交通局長が来ていることを聞きつけて差し入れ(大概が酒)を持って局長に挨拶にくる。局長もそれを当然のごとく受ける。そのたびに話が中断する。ゲスト(?)たる我々を無視した行為にチョットがっくり!
そして食後、局長曰く「三番目の妻が足指マッサージをしているので行こう」三番目の妻にもビックリだが、公務員がアルバイトしている。 さらにカラオケへ。ここもその三号さんがやっているとか。
そして三日目は観光・ショッピング・・・?
ショックアブソーバーはどくへ行ったんだ!聞くと今夜ミーティングがあるという。
夕食後、やっと商談的な話。
概要は例のショックアブソーバーをコピー生産したいので手を貸して欲しいとのこと。生産と言ってもPatentはどうするのか? ここでビックリ発言「Patent無視して良い」と市の書記から言われているから大丈夫だと言う。
Patentはジープ社か三菱から借りないと生産してはいけないハズ。中国共産党書記がいかに偉いかは知らないが国際条約違反になる。中国側良くても我々は手が後ろへ回る。
話は技術的なことではなくここで暗礁にのりあげた。話はまとまらない。明日は帰国の予定。
こうやって中国と言うのは統治されているのかと実感する。国際的なトラブルが絶えないのが良く分かる。
こうしてタダの上海ツアーは終わった。
ナニの成果もない。K女史に聞くと「彼らは招待した。日本の業界人を知っている」というだけでその目的の半分は達しているとのこと。
最後に重要なのは「礼状」。 形式ばった礼状を書き送る。 肩書きは「神戸商工会議所・会員 K」、エッ会員って肩書きなの? それで中国の田舎はいいらしい。
未だに何がナニだかわからず仕舞い。
料理が旨かっただけ。
2011年12月26日月曜日
上海自動車産業視察団 ②
続き・・・。
食事が終わるとカラオケに招待された。同じホテルに大きなカラオケルームがあった。
日本人のオッサンはカラオケと女好きと思われているらしく、そこには大勢のホステス(?)がいた。
1人に2人の女性がつくいた。殆どが日本語がわからないので話も出来ない。カラオケも日本の歌もあるが、中国語の歌ばかり、それを彼女らがグループを組んで踊り歌う。カラオケというより何かのショーのよう。
食事中は老酒や白酒だったが、ここではウイスキー。
でも乾杯・乾杯でしこたま飲まされた後なので、実のところ早く部屋に帰って寝たかった。
今夜の接待は市の共産党委員会主催のようだ。
例の若い書記さんが張り切っている。しかし楽しんでいるのは彼らだけ。
そのうちK女史の息子が私に耳打ちした「お持ち帰りOKらしいですよ」と。 こちらにはそんな気は無いし、第一パッとしない娘ばかりだ。宿泊はツインだったが、お持ち帰りの場合は特別に部屋を用意するとまで言われる。金は200元(当時のレートで3000円と安い)以上出さないで欲しい・・・彼女らを甘やかすからと、そこまで言うか書記さん!
※実際は200元だすと駄々をこねられて300~500元出したとか!
彼女たちもそれが目的らしく売りこんでくる。
断る中国語もしらないので、冷たくあしらうしか手はない。トイレに行くと彼女らも付いてくる出口でハンカチを持って待っているのには参った。
なんやカンヤで初日は終わった。この調子だと先が思いやられる。
・・・続く。
食事が終わるとカラオケに招待された。同じホテルに大きなカラオケルームがあった。
日本人のオッサンはカラオケと女好きと思われているらしく、そこには大勢のホステス(?)がいた。
1人に2人の女性がつくいた。殆どが日本語がわからないので話も出来ない。カラオケも日本の歌もあるが、中国語の歌ばかり、それを彼女らがグループを組んで踊り歌う。カラオケというより何かのショーのよう。
食事中は老酒や白酒だったが、ここではウイスキー。
でも乾杯・乾杯でしこたま飲まされた後なので、実のところ早く部屋に帰って寝たかった。
今夜の接待は市の共産党委員会主催のようだ。
例の若い書記さんが張り切っている。しかし楽しんでいるのは彼らだけ。
そのうちK女史の息子が私に耳打ちした「お持ち帰りOKらしいですよ」と。 こちらにはそんな気は無いし、第一パッとしない娘ばかりだ。宿泊はツインだったが、お持ち帰りの場合は特別に部屋を用意するとまで言われる。金は200元(当時のレートで3000円と安い)以上出さないで欲しい・・・彼女らを甘やかすからと、そこまで言うか書記さん!
※実際は200元だすと駄々をこねられて300~500元出したとか!
彼女たちもそれが目的らしく売りこんでくる。
断る中国語もしらないので、冷たくあしらうしか手はない。トイレに行くと彼女らも付いてくる出口でハンカチを持って待っているのには参った。
なんやカンヤで初日は終わった。この調子だと先が思いやられる。
・・・続く。
2011年12月24日土曜日
上海自動車産業視察団 ①
ダイエーも次のイチケンも辞めて遊んでいる時代、友人の紹介である中国人女性実業家の仕事を手伝うことになった。
彼女・K女史のことは既に触れたが、見かけは普通のオバチャン、だけど実際接してみると中々のヤリ手女性。中国人だからというより彼女の持っているパワーにはスゴイものがあった。
軽い気持ちでお手伝いをOKしたが、彼女は分からないことはナニでも相談してくる。彼女には中国から色々と情報が入り、その対応について聞いてくる。こちらもスーパーに勤めていたからってスーパーマンではない。
そんな中、自動車部品を作っている彼女の知人から相談があった。
ビックリするような話。
中国人民解放軍と警察が使っているジープ(アメリカのジープ社製)のショックアブソーバー(車体と車軸を繋ぐ緩衝器部品)を取り換える計画がありそれを中国で作るにはどうすれば良いかと言うこと。
ショックアブソーバーは1本純正部品だと2~3万円はする。1台あたり数万円はする。それがなんと軍で5万台、警察に5万台ある古くなったジープの部品交換をしたいとのこと。1台5万円として10万台で50億円にもなる。なんとビッグな商談。夢のような話。
日本でのライセンスは三菱自動車が持っている。
ライセンスを繋ぐだけでかなりの利益になるし、第一ビッグな商談だけに興味深々、この話に乗ることを彼女にアドバイスした。
そうすると上海から返事「招待するので一度上海へ関係者を連れて視察に来てほしい」とのこと。
上海へいくのは良いが自動車関係者がいない。急きょ各方面に手配、なんとか3名の関係者(自動車部品屋・輸入業者・ディーラー)に声をかけ自称「上海自動車産業視察団」を急造した。
メンバーはK女史を団長に彼女の中華料理店の支配人・友人の神職(?)それに前述の3名と私の7名。
先方の招待と言うのはスゴイ! 3泊4日のツアーにかかった費用は全て負担してくれる。関空から上海のエアー、現地滞在費等一切だから恐縮の限り。しかし招待と言うのだから甘えようと言うことになり上海へ、空港には大型バスが1台用意されておりそれで各地を観光・視察・食事にとフル活用した。
後でわかったのだが、招待してくれたグループは彼女の学生時代の同級生だとか、しかし海のものとも山のものともわからない日本人をよくここまでするとは、何かウラがあるのではと一時不安にもなった。後でわかったのだが、中国では「オレは日本にこんなコネクションがある」というだけでかなりのステータスになるらしい。それ位ならお安い御用だ。
現地でのガイド役兼通訳はK女史の息子と彼女の甥がしてくれたので助かった。
最初、上海から常州という町へ移動、この常州市こそが彼女のルーツ。生まれ育った町、町では彼女は「単身、日本で成功した女性」で英雄扱い。
「常州はすごソコだから」と聞き、バスに乗車、高速道路を100km位で飛ばす。しかし中々常州市には着かない。途中、サービスエリアで休憩するほど遠い。聞くとあと30分位とか? もう1時間半も走ってるのに!!! 中国でチョットは2時間、距離にして200km。 さすが中国、大きいワ!
常州市に着くと直ぐに夕食。
上海から長江沿いに来たかなり内陸の町。ここには日本の企業がかなり進出していた。Canon,富士通といった日本企業の工場を見かけた。途中にはユニクロの工場が畑の真ん中にポツンとあったりもした。
夕食は当地の共産党委員会主催。
我々7名の為に市書記以下20名位の人が迎えてくれた。中国でが行政の長より共産党書記のほうが偉い。党書記といっても30歳過ぎと若い。紹介してもらうまでどの人が書記かわからないほど。しかし、料理は非常に旨かった。川魚中心だが今まで食べたことのない料理。そして乾杯・乾杯の連続、これからの3泊4日全て食事は酒池肉林。※肉林は無かったが!
食事中にタバコが吸いたくなり、タバコを吸っても良いかとたずねた。
即OK,でビックリしたのは私がタバコに火を点けるや否や、同席の半数位の人たちがタバコを吸いだした。彼らはホストだからタバコを遠慮していたのだ。それと中国でのタバコのもつステータスを再認識させられた。タバコにのみ関しては中国は素晴らしい。
・・・長くなるので、後は次回に!
彼女・K女史のことは既に触れたが、見かけは普通のオバチャン、だけど実際接してみると中々のヤリ手女性。中国人だからというより彼女の持っているパワーにはスゴイものがあった。
軽い気持ちでお手伝いをOKしたが、彼女は分からないことはナニでも相談してくる。彼女には中国から色々と情報が入り、その対応について聞いてくる。こちらもスーパーに勤めていたからってスーパーマンではない。
そんな中、自動車部品を作っている彼女の知人から相談があった。
ビックリするような話。
中国人民解放軍と警察が使っているジープ(アメリカのジープ社製)のショックアブソーバー(車体と車軸を繋ぐ緩衝器部品)を取り換える計画がありそれを中国で作るにはどうすれば良いかと言うこと。
ショックアブソーバーは1本純正部品だと2~3万円はする。1台あたり数万円はする。それがなんと軍で5万台、警察に5万台ある古くなったジープの部品交換をしたいとのこと。1台5万円として10万台で50億円にもなる。なんとビッグな商談。夢のような話。
日本でのライセンスは三菱自動車が持っている。
ライセンスを繋ぐだけでかなりの利益になるし、第一ビッグな商談だけに興味深々、この話に乗ることを彼女にアドバイスした。
そうすると上海から返事「招待するので一度上海へ関係者を連れて視察に来てほしい」とのこと。
上海へいくのは良いが自動車関係者がいない。急きょ各方面に手配、なんとか3名の関係者(自動車部品屋・輸入業者・ディーラー)に声をかけ自称「上海自動車産業視察団」を急造した。
メンバーはK女史を団長に彼女の中華料理店の支配人・友人の神職(?)それに前述の3名と私の7名。
先方の招待と言うのはスゴイ! 3泊4日のツアーにかかった費用は全て負担してくれる。関空から上海のエアー、現地滞在費等一切だから恐縮の限り。しかし招待と言うのだから甘えようと言うことになり上海へ、空港には大型バスが1台用意されておりそれで各地を観光・視察・食事にとフル活用した。
後でわかったのだが、招待してくれたグループは彼女の学生時代の同級生だとか、しかし海のものとも山のものともわからない日本人をよくここまでするとは、何かウラがあるのではと一時不安にもなった。後でわかったのだが、中国では「オレは日本にこんなコネクションがある」というだけでかなりのステータスになるらしい。それ位ならお安い御用だ。
現地でのガイド役兼通訳はK女史の息子と彼女の甥がしてくれたので助かった。
最初、上海から常州という町へ移動、この常州市こそが彼女のルーツ。生まれ育った町、町では彼女は「単身、日本で成功した女性」で英雄扱い。
「常州はすごソコだから」と聞き、バスに乗車、高速道路を100km位で飛ばす。しかし中々常州市には着かない。途中、サービスエリアで休憩するほど遠い。聞くとあと30分位とか? もう1時間半も走ってるのに!!! 中国でチョットは2時間、距離にして200km。 さすが中国、大きいワ!
常州市に着くと直ぐに夕食。
上海から長江沿いに来たかなり内陸の町。ここには日本の企業がかなり進出していた。Canon,富士通といった日本企業の工場を見かけた。途中にはユニクロの工場が畑の真ん中にポツンとあったりもした。
夕食は当地の共産党委員会主催。
我々7名の為に市書記以下20名位の人が迎えてくれた。中国でが行政の長より共産党書記のほうが偉い。党書記といっても30歳過ぎと若い。紹介してもらうまでどの人が書記かわからないほど。しかし、料理は非常に旨かった。川魚中心だが今まで食べたことのない料理。そして乾杯・乾杯の連続、これからの3泊4日全て食事は酒池肉林。※肉林は無かったが!
食事中にタバコが吸いたくなり、タバコを吸っても良いかとたずねた。
即OK,でビックリしたのは私がタバコに火を点けるや否や、同席の半数位の人たちがタバコを吸いだした。彼らはホストだからタバコを遠慮していたのだ。それと中国でのタバコのもつステータスを再認識させられた。タバコにのみ関しては中国は素晴らしい。
・・・長くなるので、後は次回に!
2011年12月23日金曜日
大阪女子マラソン
今年も大阪女子マラソンの季節がやってきた。
毎年、このマラソンが来るとお世話になった酒井 清さんのことを思い出す。
大阪女子マラソンの始まりは昭和50年代の中ごろだったと思う。
いきさつの詳しいいところは知らないが、ダイエーがメインスポンサーで大阪で女性のマラソン大会をするという。 マラソンが今ほど認知されていなかった時代、しかもマラソン大会などしたことのない大阪で、ましてあまり関係のない当社が?
そのプロデュースをしたのが元上司で我々の仲人もお願いした酒井さん。当時は販売促進部長だったが、特命でマラソン大会担当をされていた。
確かに販売促進の仕事と言えばこんなに大々的なキャンペーンはない。関西の店舗を中心に女子マラソン一色、各メーカーの協賛もあって大々的なチラシ展開、しかも店のある沿道にはノボリ・カンバンで一杯に。その後ダイエー崩壊前まで大阪女子マラソンへの協賛は続いたと思う。
その苦労話は伝え聞いたが、ご本人からは何も聞くことが出来なかった。何故ならその大会が無事終わり暫くしてから彼は突然亡くなったからだ。当時、新聞にも載ったが、中内社長との面談中にクモ膜下出血で倒れ3日後になくなった。まだ40歳代前半だったとおもう。
有能な社員が次々と亡くなっていくダイエーの悲劇の始まりであったとは当時だれも知らなかった。
先日、夫人にお会いしたら「主人が生きていてもダイエーはやはり・・・?」と訊ねられて返答に困った。
酒井さんが生きておられたら、少しは延命できたかもしれない・・・?
毎年、このマラソンが来るとお世話になった酒井 清さんのことを思い出す。
大阪女子マラソンの始まりは昭和50年代の中ごろだったと思う。
いきさつの詳しいいところは知らないが、ダイエーがメインスポンサーで大阪で女性のマラソン大会をするという。 マラソンが今ほど認知されていなかった時代、しかもマラソン大会などしたことのない大阪で、ましてあまり関係のない当社が?
そのプロデュースをしたのが元上司で我々の仲人もお願いした酒井さん。当時は販売促進部長だったが、特命でマラソン大会担当をされていた。
確かに販売促進の仕事と言えばこんなに大々的なキャンペーンはない。関西の店舗を中心に女子マラソン一色、各メーカーの協賛もあって大々的なチラシ展開、しかも店のある沿道にはノボリ・カンバンで一杯に。その後ダイエー崩壊前まで大阪女子マラソンへの協賛は続いたと思う。
その苦労話は伝え聞いたが、ご本人からは何も聞くことが出来なかった。何故ならその大会が無事終わり暫くしてから彼は突然亡くなったからだ。当時、新聞にも載ったが、中内社長との面談中にクモ膜下出血で倒れ3日後になくなった。まだ40歳代前半だったとおもう。
有能な社員が次々と亡くなっていくダイエーの悲劇の始まりであったとは当時だれも知らなかった。
先日、夫人にお会いしたら「主人が生きていてもダイエーはやはり・・・?」と訊ねられて返答に困った。
酒井さんが生きておられたら、少しは延命できたかもしれない・・・?
2011年12月22日木曜日
定番の仕事
ダイエー本店事務所時代の仕事は色々あったが、定番の仕事だけでもこんなにあった。
民間渉外担当としての業務を整理すると・・・。
神戸商工会議所(神商)関連
商工会議所は日本商工会議所法という法律に基づいた法人。民間企業の集まりではあるが、体制は官公庁型、県や市からの委託事業も多い。
神商の事務局とは常務理事以下担当の部長・課長まで完全にダイエーシンパ、情報は即入手できる体制を作っていた。
神商の業務は殆どが社長の務める副会頭・常議員の代理出席
会議所は会員相互により選ばれる議員によって運営されているが、議員の数は100名を超えるので、日常の意思決定は議員の中から選ばれた20数名の常議員によって運営されている。
神戸では大手(神鋼・川重・川鉄・神戸銀行+当社ダイエー)と地元の有力企業で形成されている。
常議員会で提案され議決されることは毎回多い。重要な案件もあるが、殆ど事務方の手続きレベルの事案ばかり、代理出席者は議決には参加しないのが慣例、しかし意見を求められることもありその時は発言に困った。
この常議員会は毎月第一月曜にあり、社長が出席することは年1回位で通常は代理出席する、大手はだいたいそのスタイルで代理出席の各社担当者の席まで決まっている。
そして会議所には業界毎の部会があり当社は商業関係の小売商業部会に所属。
部会には毎月1回所属する議員の会合がある。これも社長は出ないので代理出席が定番化。昼食を取りながらの和やかな会合だ。
そして年一回の議員総会。殆どが出席して報告するだけ。何故なら重要案件は事前に調整され決まっているからだ。
中内社長を囲む会事務局
不定期だが新年会・納涼会・忘年会・そして研修会・研修会が視察旅行になることもある。だいたい2ヶ月に1回はある。これらは全て事務局業務。
本来、社外の中内シンパの人たちの集まりで会社は関係していないことになっているが、実際は企画・実施・会計まで事務局業務は全てしていた。会費制で年15万円、会員数40名位で年600万円も予算はある。資金は潤沢だし、もしアシが出ても追加会費は即集まる。
神戸日米協会事務局業務
中内が会長を務める任意団体。これも全て事務業務は担当していた。
年一回の総会・米陸軍Bandウエルカムパーティー・神戸まつりパレードへの参加・Golf大会・クリスマスパーティーetc. これも全て事務局として企画・実施・会計を担当。
中内育英会事務長
中内が全額寄付した育英事業目的の財団法人。
基本財産は殆どダイエーの株式なので株価が高騰した時は総資産100億超にもなった。年間事業資金約1億円。殆どが株式配当。なにせ360万株保有の大株主。
一番困ったのは財団法人の事業は単年度制、毎年の収入1億円はその年に使い切ってしまわないといけない。予算残を出すと県から指導が入る。しかし理事長たる中内への決算報告では予算残=剰余金を出さないといけない。剰余金=利益の感覚が理事長にはあるから説明に困った。理事長は決算書の剰余金欄を一番に見て「ヨシ」と赤マルをつける。その剰余金が数千万円になった時、県から指摘されたので新規事業用の積立と逃げたが・・・。
育英会の業務は定番化されていて、四半期ごとの奨学金授与・年一回の理事会・そして育英事業etc.
その他加盟団体のフォロー
会社が加盟する神戸関連の団体のフォロー、これがこまごまと多数ある。
商業関係の商店街連合会・市場連合会に始まり、神戸ファッション協会や地元ポートアイランドとの付合い。
そして神戸空港建設促進協議会や神戸レジャーワールド協議会等への参加等々。
ざっと見ただけでもこれだけある。
良くやっていたと思う。
民間渉外担当としての業務を整理すると・・・。
神戸商工会議所(神商)関連
商工会議所は日本商工会議所法という法律に基づいた法人。民間企業の集まりではあるが、体制は官公庁型、県や市からの委託事業も多い。
神商の事務局とは常務理事以下担当の部長・課長まで完全にダイエーシンパ、情報は即入手できる体制を作っていた。
神商の業務は殆どが社長の務める副会頭・常議員の代理出席
会議所は会員相互により選ばれる議員によって運営されているが、議員の数は100名を超えるので、日常の意思決定は議員の中から選ばれた20数名の常議員によって運営されている。
神戸では大手(神鋼・川重・川鉄・神戸銀行+当社ダイエー)と地元の有力企業で形成されている。
常議員会で提案され議決されることは毎回多い。重要な案件もあるが、殆ど事務方の手続きレベルの事案ばかり、代理出席者は議決には参加しないのが慣例、しかし意見を求められることもありその時は発言に困った。
この常議員会は毎月第一月曜にあり、社長が出席することは年1回位で通常は代理出席する、大手はだいたいそのスタイルで代理出席の各社担当者の席まで決まっている。
そして会議所には業界毎の部会があり当社は商業関係の小売商業部会に所属。
部会には毎月1回所属する議員の会合がある。これも社長は出ないので代理出席が定番化。昼食を取りながらの和やかな会合だ。
そして年一回の議員総会。殆どが出席して報告するだけ。何故なら重要案件は事前に調整され決まっているからだ。
中内社長を囲む会事務局
不定期だが新年会・納涼会・忘年会・そして研修会・研修会が視察旅行になることもある。だいたい2ヶ月に1回はある。これらは全て事務局業務。
本来、社外の中内シンパの人たちの集まりで会社は関係していないことになっているが、実際は企画・実施・会計まで事務局業務は全てしていた。会費制で年15万円、会員数40名位で年600万円も予算はある。資金は潤沢だし、もしアシが出ても追加会費は即集まる。
神戸日米協会事務局業務
中内が会長を務める任意団体。これも全て事務業務は担当していた。
年一回の総会・米陸軍Bandウエルカムパーティー・神戸まつりパレードへの参加・Golf大会・クリスマスパーティーetc. これも全て事務局として企画・実施・会計を担当。
中内育英会事務長
中内が全額寄付した育英事業目的の財団法人。
基本財産は殆どダイエーの株式なので株価が高騰した時は総資産100億超にもなった。年間事業資金約1億円。殆どが株式配当。なにせ360万株保有の大株主。
一番困ったのは財団法人の事業は単年度制、毎年の収入1億円はその年に使い切ってしまわないといけない。予算残を出すと県から指導が入る。しかし理事長たる中内への決算報告では予算残=剰余金を出さないといけない。剰余金=利益の感覚が理事長にはあるから説明に困った。理事長は決算書の剰余金欄を一番に見て「ヨシ」と赤マルをつける。その剰余金が数千万円になった時、県から指摘されたので新規事業用の積立と逃げたが・・・。
育英会の業務は定番化されていて、四半期ごとの奨学金授与・年一回の理事会・そして育英事業etc.
その他加盟団体のフォロー
会社が加盟する神戸関連の団体のフォロー、これがこまごまと多数ある。
商業関係の商店街連合会・市場連合会に始まり、神戸ファッション協会や地元ポートアイランドとの付合い。
そして神戸空港建設促進協議会や神戸レジャーワールド協議会等への参加等々。
ざっと見ただけでもこれだけある。
良くやっていたと思う。
2011年12月21日水曜日
Party
ダイエーの神戸本店時代、いくつものPartyを実施したし、招かれて行ったことも多々あった。平均して年30回位は行ったり、実施したりしていたように思う。
神戸本店に行くまではPartyなんて全く知らなかった。
それが突然Partyの事務局をしろと言われウロウロ。 そんな時オリエンタルホテルの総支配人には色々と教えてもいらった。
そして最終的にはPartyをシステム化するまでベテランになって総支配人からPartyのことは森本に聞けと言われる位に成長した。Partyの企画書・進行表・収支計算表・台本etc.をマニュアルか出来た。
Party事務局をしたのは神戸日米協会(総会&Party,米陸軍軍楽隊歓迎Party,クリスマスParty・・・etc.)中内社長を囲む会(新年会・納涼会・忘年会・その他・・・etc.)神戸Harks後援会(シーズン後1回)等々の定番Partyが年に10回はある。
そして招かれるPartyも月に1~2回はある。
神戸商工会議所関連が多い。会議所の小売商業部会でも旅行もPartyもあり、そして色々な団体・協議会等のParty、政治家のParty等多々あった。
Partyではないが会食のセットも仕事の一つ、これは気を使う。
そして同席はしないが陰で無事終了するのを待っている。やっと終わってお見送りし、社長も帰ってから食事。そんな時、使ったホテルや料亭では後で御馳走してくれた。お客として事務局を大事にすることは次の商売に繋がるからだ。そんな時も料理長や女将さん等から色々教えてもらった。
大きなPartyや重要なPartyには事前に御祝儀を持参して現場の料理長や板長さんに直接手渡す。ほんの少しのご祝儀で出てくるものや材料がちがってくる。これは重要なポイントだ。
Partyは殆どが社長の代理出席。
また社長自身が出席する会合・Partyに同行することもあった。この場合はPartyどころではない。社長の動きを常に注意し何かあったら即対応しなければならない。秘書は着いてくるが、彼らは神戸を知らない。
ある時同僚がある社長に同行したPartyで飲み食いしていると社長から「メシは家に帰ってから食え」と注意されたとか!
社長にすれば仕事で来ているのだから仕事をしろということだ。その後は水割りのグラスだけ持ってそのPartyを過ごしたこともある。見ているとエライさんは殆ど飲まない、食わない。 グラスだけ形として持ってはいるが決して飲まない。挨拶・話ばかりしている。 社長の言う通り渉外はそれが仕事だからそうあるべきで、グラスと名刺片手に仕事をしないと。
服装もキチンとしなければならない。
Partyのレベルによって服装にも気を使う。高価なブランド物は御法度。先方より出しゃばってはいけない、と言ってみすぼらしいカッコも出来ない。
スーツ・ネクタイにかなりの金も使った、全て自前。それを知ってかネクタイ等を囲む会のメンバーからは頂いたりした。そのネクタイは次回会う時には必ず絞めていかないといけない。イロイロ気を使うことは多い。
しかし、行くPartyはまだ楽だ。Party事務局はシンドイ。
それについては後述したい。
神戸本店に行くまではPartyなんて全く知らなかった。
それが突然Partyの事務局をしろと言われウロウロ。 そんな時オリエンタルホテルの総支配人には色々と教えてもいらった。
そして最終的にはPartyをシステム化するまでベテランになって総支配人からPartyのことは森本に聞けと言われる位に成長した。Partyの企画書・進行表・収支計算表・台本etc.をマニュアルか出来た。
Party事務局をしたのは神戸日米協会(総会&Party,米陸軍軍楽隊歓迎Party,クリスマスParty・・・etc.)中内社長を囲む会(新年会・納涼会・忘年会・その他・・・etc.)神戸Harks後援会(シーズン後1回)等々の定番Partyが年に10回はある。
そして招かれるPartyも月に1~2回はある。
神戸商工会議所関連が多い。会議所の小売商業部会でも旅行もPartyもあり、そして色々な団体・協議会等のParty、政治家のParty等多々あった。
Partyではないが会食のセットも仕事の一つ、これは気を使う。
そして同席はしないが陰で無事終了するのを待っている。やっと終わってお見送りし、社長も帰ってから食事。そんな時、使ったホテルや料亭では後で御馳走してくれた。お客として事務局を大事にすることは次の商売に繋がるからだ。そんな時も料理長や女将さん等から色々教えてもらった。
大きなPartyや重要なPartyには事前に御祝儀を持参して現場の料理長や板長さんに直接手渡す。ほんの少しのご祝儀で出てくるものや材料がちがってくる。これは重要なポイントだ。
Partyは殆どが社長の代理出席。
また社長自身が出席する会合・Partyに同行することもあった。この場合はPartyどころではない。社長の動きを常に注意し何かあったら即対応しなければならない。秘書は着いてくるが、彼らは神戸を知らない。
ある時同僚がある社長に同行したPartyで飲み食いしていると社長から「メシは家に帰ってから食え」と注意されたとか!
社長にすれば仕事で来ているのだから仕事をしろということだ。その後は水割りのグラスだけ持ってそのPartyを過ごしたこともある。見ているとエライさんは殆ど飲まない、食わない。 グラスだけ形として持ってはいるが決して飲まない。挨拶・話ばかりしている。 社長の言う通り渉外はそれが仕事だからそうあるべきで、グラスと名刺片手に仕事をしないと。
服装もキチンとしなければならない。
Partyのレベルによって服装にも気を使う。高価なブランド物は御法度。先方より出しゃばってはいけない、と言ってみすぼらしいカッコも出来ない。
スーツ・ネクタイにかなりの金も使った、全て自前。それを知ってかネクタイ等を囲む会のメンバーからは頂いたりした。そのネクタイは次回会う時には必ず絞めていかないといけない。イロイロ気を使うことは多い。
しかし、行くPartyはまだ楽だ。Party事務局はシンドイ。
それについては後述したい。
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