2011年12月17日土曜日

神戸空港問題

神戸に空港を・・・って今さら? 阪神大震災前の話。

神戸は以前、関西国際空港の候補地として99%決まっていた。
神戸に関空があったら、震災時どれだけ便利であったか?  
どれだけ経済貢献していたか? 逆に今の関空が抱える問題も半分以上が解決される。 
神戸の方が旅客の足の便は良いし、既存の交通機関で十分。 
さらに根本的に建設費が半額位で済むかも? つまりは、埋立て費用が水深と岩盤の関係で安上がり、関空の水深は40m,神戸は20m。素人が考えても埋立ての土砂は半分で済む。 実は水深が深いとその土砂に負荷がかかりより以上の土が必要となる。 竣工後の地面沈下リスクも大きい。 関空の施設は全て沈下を前提に設計されているのにはビックリ。それに海底の岩盤が違う。現関空は海底が土砂で緩い。神戸は岩盤で固い。 つまりはクイの長さ強さの点で建設には有利。

当然、関西国際空港は神戸に作るべきだった。
問題は当時の市長、市長自身は空港建設に賛成なのだが、全政党が支持の彼は、共産党一党の反対を重視、それまで全会一致を旨としていた市議会の運営を気にした。ただそれだけで関空誘致条例は流れた。
本人が後に述懐されているように、彼の唯一・最大・最高の汚点。

それ以降、運輸省もカンカン。
それが、関空が出来てから神戸に空港が欲しいと言いだした。
「だれが」と言うことなしに神戸空港計画が進められた。 しかし、問題は政府・運輸省。 当時の運輸省はガンとして動かない。 空港建設の審議会に神戸をかけようともしない。

ダイエーのルートで調整が依頼され色々東京で動いたようだが、上手くいかない。最後には運輸省から「昔Noと言ったヤツの首持ってこい」とまで言われる始末。 この発言は議事録に載っている某局長のビックリ発言。そこまで恨まれているのか!

しかも地元神戸では例によって何でも反対派が反対運動をし始め紛糾。
市長選挙の争点にもなり、市内は賛成派、反対派に分裂ぎみ。
反対派は全国からオルグを送り込み活発に活動している。
賛成派も運動をしなければと会議所等が中心となり活動。空港推進協議会が作られた。
個人的にはあまり賛成できなかったが、会議所活動の一環で動かなければならない。
各所での賛成派会合、ポスター等の告知ツール作り、当然社長は協議会の副会長に祭上げられ、その代行業務もある。市としては中央での社長の発言力にかなり期待していた模様。で、結果は何とか審議会の議案にのせ、OKを取り付けた。 
最終決定のFAXを運輸省から届いた。しかし、そこには神戸の名はない。 隅々まで見直すと、欄外に小さく「神戸空港」と記してある。 地方空港としての認可、国は何もしない。自前で勝手に作って良い。認可だけはするということで、その欄外のリストに名前が載っただけ。
地元ではこれだけ問題になっているのに!

認可以降も反対派は執拗に反対運動をした。
争点は収益性、つまり自治体が作り運営する地方空港なので、全てが神戸市負担しなければならない。 かなり無理のある収益計画、しかし仕事としては賛成、後押ししなければならない。 今、各地で問題になっている「ヤラセ」まがいのこともした。
ヤラセと言ってもパブリックコメントや公聴会での発言依頼、内容は任せられているからヤラセとは言えない。 依頼を受けて対応したものだ。

結果的に中途半端な神戸空港が完成した。
今後、関西三空港で上手く運営してほしいものだ。
私見だが、伊丹を廃港にして「第二首都」化、残った土地は民間に売却、その資金は国債償還に使う。そして神戸を国内線中心の空港にする。その為必要なら滑走路増設もしなければならない。
因みに「伊丹」は関西の「普天間」(のような危険空港)であることを忘れてはならない。

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