2011年11月3日木曜日

オリエンタルホテル   

 今は震災で潰れて無くなったが神戸には名門の「オリエンタルホテル」があり、当時その経営はダイエーに任されていた。

オリエンタルホテルは神戸とともにあった。
神戸に町が出来たのは慶応4年の幕府による開港、その前は勝海舟や坂本竜馬で有名な海軍伝習所しかなかった寒村、その海浜が明治になって列国に開放され外国人居留地なるものが出来た。その時、居留地に建てられたのがオリエンタルホテル。
当時の写真がある。西部劇に出てくる道路側にウッドデッキがあり入口があるウエスタンスタイル。ちなみに創業者は不明。その名門ホテルは時代とともに経営者がかわりダイエーが担当していた。株主は県や市、地元の著名人からなる株式会社。
前任の経営者が経費カットにつぐカットで設備はメンテナンスされず、従業員の待遇も最悪に近かった。それを立て直すべくダイエーから役員が派遣され何とか往年の名門らしさを取り戻しつつあった。
オリエンタルホテルは神戸の著名人が集まる場所、何かあればオリエンタルでというのが定番になっていた。
知事も市長も各企業の経営者も寄ってくる。オリエンタルホテルは神戸一の社交場。だから良く言われたのは「オリエンタルに一日いたら渉外の仕事は出来る」逆にいえばオリエンタルのロビーにいたら忙しい位、声をかけられる位にならないと一人前とは言えないのだ。


私も殆ど毎日オリエンタルへ立寄っていた。
ひどい時は朝オリエンタルへ直行し、朝食をオリエンタルで食べて(支配人からサービスを受けていた)一日中オリエンタルで仕事をしていた時もあった。ホテルの人からも色々と教えてもらいもした。食事のマナー、パーティーの仕方etc. それまでは安サラリーマンから一応のマナーを身に付けたシェルパになっていった。
よく色々な会合やパーティー会場として使用もした。中内学校・日米協会・商工会議所の会合etc.

そのオリエンタルホテルも今や震災で倒壊してない。
まったく別のホテルが建てられたようだ。オリエンタルの名前は震災直後にオープンしたメリケンパークオリエンタルホテルと新神戸オリエンタルホテルに引継がれている。

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